ツイッター改め X で「#バービーの件」というハッシュタグががトレンディングしている。
同時公開になったふたつの映画、Barbie と Oppenheimer (原爆の父と呼ばれる物理学者の半生)をはしごして観た人たちを指す造語、
Barbenheimer バーベンハイマー
あっという間にネットミームになったのだが、ツイートやYouTubeで出回っているその画像やデザインが問題。ほとんどがバービーの背景に原爆のきのこ雲だ。
ピンクの雲もあれば、もっとリアルに燃え盛る色の雲もある。バービーの車の助手席にオッペンハイマーが乗り、二人でニコニコしながら明らかにきのこ雲から逃げようとしているものなど。
Barbenheimer で画像検索して驚愕する。なんという…..。
前回の投稿で書いた通り、私は映画バービーを見てきたばかり。ビジュアルも音楽も楽しいばかりでなく、ジェンダーとルッキズムに対するメッセージがたくさんのいい映画だっただけに、4万以上のツイートが寄せられたこの#バービーの件、驚きとショックで考え込んでしまった。
一部の海外ファンの無知で無神経なミーム画像と一蹴されて終わりだったのかもしれないけれど、配給会社ワーナー・ブラザースが公式X(ツイッターね)でその画像に「忘れられない夏になりそう」とキャプションを付けて投稿したのが2週間前。
あのね、8月はね、日本は「毎年忘れられない夏」なんだよ。
今日になってワーナーは正式謝罪をし、今後は細心の注意を払うとのことだけれど、もちろんそういう画像を排除するというのはオプションには入っていない。
アメリカ合衆国憲法の修正条文第一条はなんと言っても「言論と表現の自由」だからだ。どんな無知で無茶な情報でもよほどのことがない限り誰にも制限ができないのだ。
ましてや日本が「原爆に対する配慮がない」といくら抗議をしても、一部の人、というかかなりの人にはその心情は全然わかってもらえないと思う。
ワーナー・ブラザースのソーシャルメディア担当に悪気があったとも被爆国日本をターゲットにしようと思っていたともおもわないが、配慮がなかったという失念の波紋は大きい。
戦後80年近く経って、アメリカ人の日本のイメージ、これはもう「敗戦国」だったり「カミカゼ」だったりはしない。日本は、平和で、清潔で、みんなが優しくて、食べ物が美味しくて、伝統と歴史が素敵に守られている、訪れたい国ナンバーワンだ。
日本と聞いて戦争を仕掛けてきた国、原爆を落とされるまで降伏しなかった国、とまずイメージする人はいない。
一般のアメリカ人は、毎日「原爆を落として勝利した」ことなど考えてもいないし、しつこくヨーロッパで悪さをしたドイツやドイツ人に対してその知識はあっても、今のドイツに差別の感情はないと思う。そういう世代もいたと思うが、もうその人口は少ししか残っていない。
そして、残念ながらアメリカの歴史教育、これは日本のように国の基準があるわけではなく、カリキュラムは全て州の采配。教育の質としては疑わしい地域もあると想像できる。アメリカに都合の悪いことはなんとなく教えない、というようなことも起こっているかも知れない。
子供を二人こちらの学校に行かせた親としての感想は、高校に行くまでアメリカ史80パーセント、世界史20パーセント。その後、選択科目として世界史を取ればもっと教えてもらえるという感じだった。
上のクラスを取らなかった子たちの世界史の知識はちょっとあやふやかも知れないとも思う。…..でもこれは個人的な意見として聞いてほしい。
今回のような無神経なミームは、今回の原爆に限らずいろんなジャンルで毎日のように見かける。対象はLGBTQだったり、有色人種だったり。コロナの時はアジア人はひどい目にあった。全ては知識と理解、思いやりの欠如だ。
無神経なのか、無知なのか、それとも挑発なのか。いずれにしても、どの世代も、教えてきてもらっていないものに対して理解をしようと思ってもできないのだ。
前世代の大きな間違いを繰り返さないよう、暗黒の歴史に目をつぶらず、できるだけ加工のない事実を次世代に伝えていくしか対応のしようはないと思う。
超・保守派のフロリダ知事がゴリ押しで州の歴史教育のカリキュラムを改ざんすることに成功した。州立大学や公立学校で大きく歴史の教科書からはぶかれることになったのは、黒人の歴史だ。
フロリダ州知事 Ron Desantis (ロン・デサントス)
By Gage Skidmore
白人がアフリカからまるで動物のように、というか動物にだってそんなことはしないといったひどいやり方で強制的に連れてきて売買し、家畜のように働かせたというその暗黒の歴史、そして公民権運動から現在に至るまでの歴史を全部消してしまおうとしている。
そんなことが起きているのだ。黒人層がどんなふうに生き抜いてきたのかを全く理解せず、ただ肌の黒さで差別を続ける次世代の子どもたちを生み出そうとしているようなものだ。
日本で「バーベンハイマー」が大きな反発を生み、ワーナーの日本支社が本社に働きかけ、謝罪に持ち込んだ。そしてこちらでもそのことが大きく報道されている。若い世代もソーシャルメディアを通じてそのことを知り、被爆国のセンシティビティというものを考えるきっかけになっている。
とても嬉しく誇りに思う。少なくとも日本では、教育なんかどうでもいい、知りたいことだけ、都合のいいことだけ教えればいいんだ、と思っている人はいないと思う。いても少数派だ。
80年経った今でも日本はちゃんと戦争の恐ろしさを代々伝え、二度と同じ間違いをしたくない、と真摯に思っているのだ。無神経なミームにいらだちと驚きを覚えるとともに、そのことを痛感した。
真珠湾攻撃の日はいまだに記念行事が行われるし、「今日はいろいろ言われるから学校に行きたくない」という日本人の子供さんもいるが、被害者意識を捨てて冷静にみれば、これは日本の終戦記念日と同じ立ち位置で大戦の歴史を忘れずにいる、という目的であろう。
一年に一度、私もちょっと苦い気持ちを抱くと同時に、首相の靖国参拝に違和感を覚えるアジア諸国のことも考える。
戦争は勝っても負けても大きな傷跡を伴う。どの国にもそれぞれの傷があり、戦争の恐ろしさと民主主義の大切さを何があっても次世代に教えていくのはわたしたちの義務だ。
それを忘れそうな人たちがいたら周りがそれを指摘しなくてはいけない。バーベンハイマーに日本の多くの人が「これデザイン的に面白いじゃん?」でなく「これは間違っている」と考えたそのことを、繰り返すが嬉しく思う。
謙虚な国民性から日本はいつも遠慮がちに世界を見守っている。でもこうやって何十年もアメリカに暮らして、日本ほど常識と良心が守られている国はないと思うのだ。いろんな意見はあると思うが、それをなんとか守って言ってほしいと思う、という私の気持ちを述べてまとめとさせていただきたい。
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