ユダヤ教の祭日パスオーバー(過ぎ越しの祭)は、紀元前1300年頃、奴隷として従属させられていたユダヤ人たちが無事にエジプトを脱出したことをしるす祭日である。
パスオーバーには家族や親戚で集まり「セダー」と呼ばれるシンボル的な食事をする。テーブルの中央には、苦しかった時代を象徴する苦いハーブや充足と悦びを象徴する甘いりんごとはちみつなどが、きちんと仕切られたセダー用のお祝い皿にのせられ、エジプト脱出の物語とその教えがまとめられた教本ハガダの順序に則って食事前の儀式が進行する。

By Yoninah – Own work, CC BY 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=798176
そのセダーに欠かせないものがマッツァ、発酵させないまま焼いたクラッカー状のパンである。これは、エジプトを慌ただしく出立したときにパンを発酵させる時間がなかった、というエピソードを象徴している。

ヘブライ語の文献によると、粉と水分は混ぜてから18分後に膨らみ始めるため、18分以上経過してから焼いたものは祭日用のマッツァとは見なされないという。
エジプト脱出は紀元前1300年ごろ、と言うとメソポタミア文明と中国では殷の時代だ。面白いのは各文化に必ずと言っていいほど「パン」の原型になる「挽いた粉と水を合わせて焼く」という食べ物が存在しており、エジプトとメソポタミアではすでに紀元前4000年頃から発酵の知識が使われ膨らんだパンを食べていたという。
「18分経ったら粉は膨らみ始める」その理由は科学的に理解はされていなかっただろうけれども、いずれにしても天然酵母のコンセプトは多分偶然によって発見され、生活の必須技術として定着していったものと思われる。これが紀元前の「天然酵母1.0」だ。
ヨーロッパの王様達は例外なくパンが好きで、多くの宮廷には「パン研究所」が儲けられていたらしい。これは12世紀から14世紀頃。

パンの技術も種類もどんどん発達したけれど、どうして膨らむの?の謎を解いたのはパスツール、19世紀末と意外と遅い。それまでパンもお酒も自然の力を借りてどんどん作ってはいたもののどうしてできるかの解明は近代になってからだったのだ。
やっと酵母の何たるかがわかり、空気中から細菌を抽出しより分けて研究対象にできるようになったこの頃の天然酵母が「天然酵母2.0」だ。
「天然酵母2.0」時代のパン食文化の国々では、各家庭に天然酵母のたねが培養されていて、パンを焼くときにはその一部を使って発酵をさせた。娘が嫁に出るときにはかめに入れた天然酵母のたねをもたせ、それがまた次世代へと引き継がれた。

大流行したカスピ海ヨーグルトのたね、あれと同じ原理だ。友達にちょこっと種をわけてもらい培養。環境によって味が違ってくるというあたりも発酵だねの天然酵母と同じだ。
それから時間は流れ、今はもう「天然酵母3.0」の時代だ。細菌研究もパン作りの技術もバラエティも劇的に進化して、個人で焼くパンだって、パン屋さんに弟子入りしたり、お教室に行って習わないとマスターできなかった技術をどんどんネットで検索できる。パン屋さんで使われている業務用の捏ね機は、人間の手の動きとグルテンの網の構成の研究を重ねて作られたものだ。
YouTubeでこね方から発酵の仕方、寝かせる時間、プロのテク、何でも見ることができる。自分が作ったパンをSNSで発信してレシピをシェアすることもできる。作った天然酵母をフリーズドライにして郵送で販売もできる。

さて、理系の知り合いが天然酵母づくりに乗り出した。今日で4日目、初トライでもうステキにぷくぷくと泡を出し始めているらしい。彼はなんとchatGPTとご相談しながら着々と成功を収めているのだ!初っ端自己流で突き進んで撃沈し、延々とネット検索を経た後「あーやっぱりあかんわ!」と紙の本を買いに走ったわたしとは大違いだ。
彼が先週は、ホームベーカリーの手捏ね機能のみパンを作る過程に二度挿入するという科学的なテクでフランスパンを焼いていた。全体の計量はパーセンテージ、一度目のコネには全体の60%の粉、二度目は40%、塩は全体の1.7%…..彼こそパン作りという古い歴史を持つ分野でスマートに3.0の時代へと移行できた人だ。
自慢じゃないが、私のパン人生でパーセンテージで軽量をしたことは一度もない(笑)いつも「このくらい」が私の指針だ。だから出来上がりはさまざま。失敗でもパンは焼き上がりに食べさえすれば何でもおいしいんだよねーとごまかし続け(・_・;)、我が家は世間にはおおきく遅れをとって未だ2.0と3.0の間で揺れておるのよ…..
*追記
実はこの知り合い、ホットクックという調理家電並びにホームベーカリーを縦横無尽に使いこなし「理系出身じいじ」シリーズとして離乳食、幼児食、そしてパンの本と三冊を出版されています。次は天然酵母の本を出してくれるのではと期待。
詳しくは下のリンクで👇




コメント