「カナダへの50%関税」交渉の決裂
「もう、けっこうです。これ以上、アメリカとの交渉を続ける意味はありません」。
先月、「カナダの山火事の煙がメーワクなので50%の関税をかけてやる」と大○領が発言して以来米加の間で交渉が続いていたが、あまりに無理な要求に土壇場でカナダが交渉を辞退、荷物をまとめてカナダに帰国するという顛末になった。
(カナダへの関税についての前編ブログはこちら↓。これを読んでから今回のブログを読み進めていただくとよりわかりやすいと思います。)

結果、8月21日の深夜から材木、メープルシロップ、ホッケー用品などありとあらゆる品目に対して50%の関税が発効に。「カナダから100ドル輸入するとアメリカの輸入業者がその50%をアメリカの税関局に納めなくてはならない」というウソのような関税は、カナダからの輸入を激減させて、アメリカ向けビジネスをしているカナダ企業や、国境を複数回越えて一台の車を完成させる仕組みになっている自動車産業を大きく揺さぶることになる。カナダ側からも同率の報復関税が発表になり、アメリカ側からの輸出も困難になり、お互い損あってトクなしのまったくばかげた方策にアメリカが走る理由については、カーニー首相が「カナダを弱体化させて所有したいからだ」と述べている。
令和版「カナダからの手紙」は理路整然とした決裂宣言
一昨日、カナダ首相官邸ウェブサイトには、交渉が決裂に及んだ経過と、今後カナダ政府が取る方向性について具体的に述べた一枚の「手紙(声明)」が公開された。昨年4月のイジワル関税施行以来、カナダはかなりの譲歩を強いられながらも辛抱強く交渉を続けてきたが、この期に及んでとうとう堪忍袋の尾が切れた。ラブレターではなく、アメリカへの三行半、これが令和版カナダからの手紙であった。
直後の記者会見で「絶対に譲れなかった3点」としてカーニー首相が挙げたのは
- トラックなど主要自動車産業に対する不当な排除と規制
- カナダが他国と独自の貿易協定を結ぶことを一切禁止
- カナダのアイデンティティーである2か国語国家の保護政策への介入
だったが「これらの項目だけではなく、この1年間に積み重なった身勝手な振る舞いで、アメリカという国がもはや真摯な交渉に値する信頼できるパートナーではないと確信した」と言い、この1年間でカナダが受けてきた、まるで「子どものいじめ」としか思えないアメリカ側の嫌がらせや侮辱の数々が羅列された。国境入国検査を意図的に滞らせて物流を麻痺させたことや、首相を「カナダ州知事」と呼びネットミームでからかい続けたこと、カナダで起きた山火事の煙にまで一方的な不満をぶつけられたこと、など。
カナダはもうこんな国と関わって時間をエネルギーをムダにしたくない、輸出やビジネスの多角化を測って自国産業を発展させ、アメリカからの真の意味での「独立」を確立していく宣言という、あまりに大きな意味を持つ手紙である。
家族のように溶け合っていた二国
記者会見でカーニー首相は「両国の経済と文化が融合し合っているまさにそのことを武器にしてアメリカはカナダの弱体化を目論んでいる」と述べた。たしかに、今回の破局がこれほどまでに劇的で痛烈なのは、これまで両国が単なる貿易相手を超えて、経済・文化・生活の隅々に至るまでアメリカとカナダは「一つの国」のように深く溶け合っていたから。
カナダは長年にわたって、安全保障や経済、ビジネス、政治外交秩序において、アメリカに寄り添う「優秀で聞き分けの良い弟」としての役割を果たしてきた。1965年以来結ばれてきた数々の経済協力条約で、自動車の部品やエネルギーは国境を何度も行き来しながら製造されるといった緻密なサプライチェーンを共有、国境手続きは簡素化され、週末にはカナダ側から国境を超えてトレジョやコストコに買い物に訪れたり、お互いの国のコンテンツやスポーツ、規格をまるで自国のもののように消化し合う兄弟。政権が交代した途端、その関係性を一方的に否定され、今回はカナダの主権まで脅かそうとしたアメリカの態度にカナダ中が驚き怒り、アメリカからの独立が及ぼす経済的打撃を覚悟してでも、自国の主権と自尊心を守る決断をしたカーニー首相の判断は、国中から大きな支持を受けている。
例えば、カナダのマニトバ州にある「ポドルスキー養蜂所」。90%をアメリカへの輸出に頼っていたため廃業の危険にさらされているというニュースが流れたとたん「ローカル産業を支えよう」とはちみつの国内需要が増え始めた。このような現象があちこちで見られているという。
海外旅行の際、アメリカ人に間違えられないようにとカナダ国旗のメープル模様のバッジをつけることが定着。何度も行ったカナダ。ああ寂しいのう…。
数字が語る残酷な経済的現実
さて、今後カナダが直面する極めて厳しい状況は、というと。
カナダのGDP国内総生産は20%以上をアメリカへの輸出が占める。アメリカのGDPはカナダの約13倍であり、今回の相互50%関税で、激しく傷つくのは間違いなくカナダである。数字で見てみると、差がはっきりわかる。
| 指標 | カナダへの影響 | アメリカへの影響 |
| 輸出全体に占める割合 | カナダの物品輸出の約75%がアメリカ向け | アメリカの物品輸出の約18%がカナダ向け |
| 輸入全体に占める割合 | カナダの輸入の約50〜60%がアメリカから | アメリカの輸入の約14%がカナダから |
| 国内総生産(GDP)比 | 対米輸出がカナダのGDPの約20〜25%を直接占める | 対カナダ輸出はアメリカのGDPの約1.5〜2%程度 |
| 市場における交渉力の差 | 単一市場(アメリカ)への依存度が極めて高い | グローバルに分散 |
カナダのオンタリオ州政府がまとめた「経済的打撃」一覧は、
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約9万人が失業し、失業率は6.8%まで上昇するリスク
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GDPが1.5%〜2.0%下がってマイナス成長となり、レセッション(景気後退)に突入するリスク
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約4兆円規模の輸出に打撃
- カナダドル急落とインフレ率0.2〜0.3%押し上げ
リーマン・ショックやパンデミック時に相当する経済的打撃は、回復の見込みは早くて2030年ということだ。カーニー首相自身が「再生には時間がかかる」とはっきり述べている。
カナダが取った方策とヨーロッパ首脳への見本
アメリカでトランプ政権が発足し対加圧力を強め始めた昨年4月以降、家にいた日はあんまりないんじゃあないかというくらい世界を飛び回り、「アメリカだけに経済・安全保障を頼り切るリスク」を分散するために、精力的に色んな国と実に20以上の貿易や安全保障協定を結んだ(この投稿の最後に「参考資料」としてリストを添付してあります)。カーニー首相、ただ者ではない。
これほどの巨額の損失と長期的な不況のリスクを冒してまでテーブルを蹴ったカナダ、「相手の脅しに屈して安易な譲歩を重ねれば、一時的に難を逃れたとしても、次はより巨大な要求で首を絞められるだけだ」という真理に達したからだが、カナダが最も危惧したのは 「カナダのSovereignty ソベラニティ(独立国としての主権)の侵害」である。
今回の交渉で米が出した「他国との条約を結ぶのを禁止する」という条件は、カナダの「他国に支配されない独立性(対外的主権)」を無視した発言であり、「多言語文化がアメリカ参入の障壁になっているのでフランス語保護を取りやめるべき」(何様?!?!)という内政干渉は、まさしく「国を決定する最高権力(対内的主権・自国の言語・文化保護政策や経済政策を、自分たちの法律に基づいて決める権利)」を無視している。これがカナダが短期的な経済的打撃を覚悟してでも「ノー」と言わなければならない局面だった。
このカナダの決断は、今同じように大国の貿易圧力や関税の脅威に晒されているヨーロッパ(EU)やその他の同盟国にとって、「経済的威圧に対してどう自立の姿勢を示すか」という最高のお手本となった。
目先の経済的利益を差し出してアメリカの弟に甘んじる道を選ぶのか。それとも、大きな代償を払っても長い目で自立を目指し、自国の主権と新しい世界秩序への足場を築くのか。カナダが今回世界に示したこの覚悟は、歴史の教科書でたびたび取り上げられることになるだろう、カナダの真の自立をかけた歴史的な転換点となった。
アメリカがいつまで強気でいられるかわかんないけどね。来週には関税撤廃なんてこともあるような、気もする。
参考資料・カナダの多角化・安全保障協定網(主要20超の枠組み)
1. 環太平洋・アジア(貿易・資源・先端技術)
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CPTPP(環太平洋パートナーシップ)優先枠の即時拡大(農産物・エネルギーの対アジア優先輸出)
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日加・重要鉱物サプライチェーン安全保障協定(リチウム・ウラン等の直接供給)
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韓加・次世代EV・バッテリー鉱物連携協定
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対インドCEPA(包括的経済パートナーシップ協定)の再開・優先合意
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豪加・資源・防衛技術共同推進協定
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ASEAN・カナダ包括的戦略パートナーシップの関税削減枠
2. ヨーロッパ・英国(エネルギー・環境・国防)
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EU-カナダ・グリーンエネルギー・クリーン水素輸出協定(大西洋ルートのLNG・水素供給)
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EU-カナダ・CETA(包括的経済貿易協定)のデジタル・サービス分野拡張
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英加・ポストBrexit新貿易パートナーシップ(TCA)完全アップデート
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NATO北極圏防衛・共同警備連携協定(北欧5カ国+英国との安全保障強化)
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ウクライナ復興・経済協力協定の改定推進
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独加・重要産業素材(レアアース・ニッケル)優先取引枠
3. 中東・北アフリカ(金融・資本流入)
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UAEとの包括的経済連携協定(CEPA)(中東政府系ファンドからのインフラ投資確保)
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サウジアラビアとのエネルギー・グリーン移行相互投資枠
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カタールとの金融・データセンターインフラ開発パートナーシップ
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ヨルダン・カナダ自由貿易協定の機能強化アジェンダ
4. 南米・中米(代替市場と農業)
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メルコスール(南米共同市場)との貿易円滑化・関税引き下げ合意
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対チリ・鉱業および節水・グリーン技術相互協力協定
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対メキシコ・北米枠外での2国間農業・労働力直接パートナーシップ
5. アフリカ・グローバルサウスおよび国際機関(資源と国際枠組み)
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アフリカ連合(AU)主要国との「民主主義国資源同盟」枠組み
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太平洋諸島フォーラム(PIF)との海洋開発・気候変動パートナーシップ
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OECD主導「経済的威圧に対抗するための多国間相互支援枠組み」の提唱・合意
国内では、アジア、欧州、南米向け輸出のための港湾や国内鉄道網に次々に投資。クリティカルミネラル産業に投資、デジタルインフラの拡大、防衛機能拡大、国内中小企業支援、国内商業想定して動き出しました。政府はすぐさま、アジア太平洋(CPTPP)や欧州(CETA)との貿易拡大、ならびに州間にある国内規制の撤廃などりました。
参考資料その2「カナダの多言語文化への干渉」
演説および会見の中で、カーニー首相は「米国側はカナダの言語や文化、国家主権を保護するための枠組みを弱体化・撤廃させようとした」と言及。
1. フランス語の保護およびカナダ独自の文化政策への圧力
カナダ(特にケベック州など)では、公用語であるフランス語の保護や、カナダ固有の文化(出版、放送、映画、音楽など)を保護・育成するための規制や助成制度(カナダコンテンツ規定等)が存在します。
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文化面での要求: 米国側は貿易上の「非障壁化」を名目に、これらの文化保護政策やメディア規制を「米国企業の参入を妨げる差別的な貿易障壁」とみなし、撤廃あるいは緩和するよう要求してきました。
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首相の反論: カーニー首相は演説の中で、「ケベックや全土におけるフランス語の保護、そしてカナダ独自の文化を守る取り組みは、主権に関わる核心であり、交渉のテーブルに載せることすら絶対に受け入れられない」と一蹴しました。
2. 公共放送(Radio-Canada等)や国内メディア保護制度への干渉
カナダ政府は、米国の巨大IT企業や大義名分のあるコンテンツに自国の言語文化が飲み込まれないよう、公共放送(CBC/Radio-Canada)への支援や国内メディアの枠組みを制度として維持しています。
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米国側はこれら(デジタルサービス課税やカナダ人クリエイター優遇措置など)を「米企業の不利益」と捉えて批判・撤廃を迫りました。
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カナダ側は、これを「単なる商業ルールの問題ではなく、カナダという国家の言語的・文化的アイデンティティ(アイデンティティと自主性)を揺るがす不当な介入」であると強く反発しました。
このように、米国側は単に経済的・関税的な交渉にとどまらず、カナダが二言語主義(英語・フランス語)や独自の文化を守るために設けている国家主権的な規制や法的保護枠組みの切り崩しまで迫ってきたため、カーニー首相は「言語や文化を軽んじる一方的な要求だ」と非難しました。


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