トウが立つ

家庭菜園・洋裁・DIY

菜園の仕事をしながらフッと聞こえてきた母の声。なにか野菜のおかずを食べながら「これはもうトウが立ってしまって苦いね」。子供の頃の食卓での会話だったろうと思うが、そう、「トウが立つ」と苦くなるのだ、野菜は。

英語だとBolt ボルトという。気温が上がり、日差しが強くなると、レタスが花を咲かせ種を作り始める、それがボルト「トウが立つ」だ。地面に近い、低い場所でかわゆく葉っぱを広げていたレタスの真ん中に、ミョーに細長い茎が一本顔を出す。それがぐんぐん伸び、先っぽに蕾がつくそのプロセスが始まった途端、昨日まで柔らかで甘かったレタスが苦味をおびる。

リーフレタスの花のつぼみ

4月5月にはこぼれ種でどんどん増えた庭のレタスの収穫に忙しかった。「ほら、ハヨ摘んでくれや!」と背中をどつかれているかのごとく。収穫したら食べないといけない。もう流石にレタスは飽きたと思い始めた頃、彼らに一斉にトウが立ち始めた。

ちょっとぉ、不思議やねえ、自然!といつも思う。一体誰が決めたのか、そういう事になっている。もう苦くて食べられないからね、ごめんね、といいながら、勢いのいい一株のみ残して根っこのすぐ上の部分を「ホリホリ」ナイフで切り取っていく。

葉っぱの部分はちぎって胡瓜や茄子のねもとにマルチ代わりにひろげ、茎の部分はぽきぽきしてコンポストへ。せっかく育ったものを….とまだみずみずしいレタスを切り落としていくこの作業はつらくて仕方がないが、肥料になり他の野菜を助けてくれるんだから、と言い聞かせ作業を進める。

最後に残した一株はそのまま花を咲かせ、種を作りばらまいてくれるので、涼しくなった頃に勝手に発芽して、秋にもう一度「レタスまつり」がやってくる。

「レタス」と書いたが、ほうれん草、春菊、香草も同じサイクル。レタスは飽きたが、この3名に限ってはトウが立ってしまうと困るのだ。暑さが盛りの7、8月には日向の素人農園には栽培が難しく、スーパーにお世話になるしかない。

ブログの冒頭写真、あの可憐な白い花は香草。花の後ろに薄っすらと見える小さな緑色の玉々が種だ。下の写真はトウが立ったほうれん草。

トウが立ったほうれん草

これは春菊の花。

この時期収穫が終わってしまうのがさやえんどう、スナップエンドウ。この柔らかい豆類を偏愛するおばちゃんはこれもがっかり、来年はなんとか気温や日差しを調整し、暑い時期も収穫できるようにおまめちゃんたちを騙したいと思っている。

太陽がのぼりきってしまう前の午前中に犬たちと菜園パトロールを行い、前夜の伸び状況をチェックする。かぼちゃの伸び方が半端ない。支えや誘導が必要なものはちょこちょこと竹やヒモで手助けをする。トマトの脇芽かき。あーこれもつらいよ。成長点以外のとこにビヨーンと脇に伸びる芽をそのままにしておくと、肝心の茎やトマトに行くはずの栄養を取られてしまうのでつまみ取る。黄色くなって元気のない葉っぱがあれば取り、雑草をむしる。そんなことをしているとあっという間に1時間2時間と時が過ぎる。

アーチに上らせて、空中にぶら下がってかぼちゃの実が成るよう画策。

手を動かしながら、頭は色んなところへ行っている。最高の考え事タイムだ。今日はもちろん「トウが立つ」ことについて。

アラ還だから人間として思いっきり「トウが立っている」お年頃だ。トウが立ち終わって次のプロセスに入り、種をばらまいているくらいのとこだろうか?

どんな種をばらまけているだろうか、と思う。昔は鼻息荒く仕事で成功したいと思っていた。人生なかなかそうは行かず、成功どころか、経済的に自立さえできなかったことを今でも引け目に思う気持ちはチョッポリ心のなかに居座っている。

でも、社会的な成功はなくても小さな「成功」はたくさん持っているように思う。その小さな成功が私の「種」だ。そんなふうに思えるようになったのはこの年になったから。他人と自分を比べ、夜のひとりダメ出し大会をするようなことはもうない。

どんな種?レタスの育て方をお隣さんに教えてあげることができる、そんな小さな種でも種は種。経済的に自立できないなら、我が家の ATM (夫)の健康には人一倍気を使おう。露頭に迷っていたバカ犬二匹を引き取り彼らの幸せに貢献している。

大きなハチ、見える?

前庭の花は、全体がうごめいて見えるほどたくさんのハチが群がり幸せそうに蜜を吸う。菜園に立てた3つの巣箱からは「ピーチクパーチク」と生まれたばかりのヒナの大合唱が聞こえる。たくさんの胡瓜は、野うさぎの背が届く高さまでは全く人間が収穫できない裸ん坊だ。好きな菜園仕事でたくさん動物や虫や自然に貢献している。

バリバリのキャリアウーマン(死語?)になるはずが、庭のハチに目を細め、わたし、はっきり言ってとってもシアワセ。自分の人生と折り合いがついた感じ。このブログでも何度も言ってるが、加齢は体の衰えを差し引いても余りあるすばらしいベネフィットでいっぱいだ(と私は思う)。

昭和の日本では「クリスマスケーキ」だの「女史」だの「トウが立った」だの、妙齢女性への失礼な物言いが横行したもんだが、ふん、「トウが立つ」大いに結構。トウが立ってるな、と言われたら(コンプラでそんなこと誰も言わないと思うけどさ)それはむしろ誇るべきことだね、レタスのように苦くなっちゃうのはよろしくないが。

数日前のブログ「グルーミングと次男の裏切り」に書いたように茶色の次男はまだ長女(黒)に金魚のフン状態。

…..今日は、おばちゃんの独り言ブログに付き合っていただいて申し訳ない。読んでいただいて深く感謝 m(_ _)m。今朝は、先日の予告の通り揺れる大統領選と今朝おりた最高裁のショッキングな判決について書き始めたんだけど、気が重くなり挫折しちゃった。それはまた明日ね…..。多分(-_-;)。

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