ハズレ王子

セレブ・ロイヤルファミリー

今日はご本家のロイヤルファミリーについて。

長年の観測に基づいた、これはおばちゃんのほんとに勝手な理論と推測なんだけどね、ロイヤルファミリー、ウィンザー家には「あれ?」と思うようなハズレ王子がぽつぽつと出現する。

この家族、もともとはドイツ語由来の「サクス=コバーグ=ゴータ家」と呼ばれていたが、悪化するドイツとの外交関係を憚って、イギリス名のウィンザーに改名したのは第一次世界大戦の真っ只中の1917年。ヴィクトリア女王の息子のエドワード7世までサクス=コバーグを名乗ったが、次の王様、エリザベス女王の祖父ジョージ5世がロンドン郊外の居城ウィンザー城にちなんだ英語名を選んだ。

ウィンザーに改名する直前の王様、エドワード7世(ジョージ5世の父、エリザベス女王の曽祖父)がかなりのハズレ王子だったよう。

エドワード7世

こいつが王様になったら一体どんなことに、と危惧する母のヴィクトリア女王が、超高齢で亡くなるまでがんとして王位の譲渡を拒否し、ギリギリまで公務の手伝いもさせなかったという遊び好きのバカっぷりだったらしい。

今で言うゴシップ誌、かわら版に女優とのスキャンダルを暴かれたことを心配した父親のアルバート公がエドワードを呼び出し、小雨の中歩きながら長々と説教。濡れて帰宅したアルバートはその夜に発熱し、回復することなく42歳で死去した。実は腸チフスか癌が原因だったと言う説もあるが、最愛の夫を亡くしたヴィクトリアは、死ぬまでエドワードのせいだという気持ちから解放されなかったらしい。

なんとか女遊びをやめて落ち着かせようとヴィクトリアは奔走し、デンマーク王室から絶世の美女をお嫁さんに迎えたが、そのかいなく次々といろんな女性と浮き名を流し、劇場巡りにパーティにと忙しかったエドワード。

1901年の即位後は、戦争含みの世界地図上でドイツや日本とうまいこと渡り合って(若い時の社交パーティ三昧が役に立ったのか)「陽気な王様」とあだ名が付いたが、愛人の数は半端なかった(余談だが彼の最後の愛人アリス・ケッペルの末裔がチャールズの奥さんカミラ夫人だ)。

エドワードの次、ジョージ5世(エリザベス女王の祖父)は、第一次世界大戦の難しい時期を生真面目に乗り切った真っ当な王様だった。が、その長男。これがまたハズレ王子。「王位をかけた恋」エドワード8世だ。1936年即位。エリザベス女王の叔父にあたる。

エドワード8世

女性遍歴とパーティ好きで有名。隔世遺伝?人妻アメリカ人のシンプソン夫人と不倫の後、どうしても一緒になる!と王位を捨てたあのイケメン王子だ。激動の時代に自国を顧みず親ナチス。人種差別発言も相次ぎ、ヒトラーと写真取るおバカぶりを発揮、退位後は王室から手当をあてがわれモナコで暮らしたが、「お手当が少なすぎる」と駄々をこねて弟王ジョージ6世と姪のエリザベス女王を終生困らせたらしい。

兄エドワード8世が突然出奔してしまったので王様にならざるをえなかったジョージ6世は、賢い奥さんの手助けもあって世界第二次大戦時に国民の大きな心の拠り所になった賢王だった。映画「王様のスピーチ」の人ね。

で、次に王位についたのがエリザベス女王。

エリザベス時代のハズレ王子は、キングチャールズの弟アンドリュー王子、女王の次男だ。これがまた女好きの遊び好き、ジェフリー・エプスタインの仲良しさんで、性的暴行で自らも訴訟を受け示談している。

母親から称号を剥奪されて今はブラブラして暮らすアンドリューのベッドには60以上のテディベア(くまさんのぬいぐるみね)が並び、お手伝いさんが並べる順番を間違えないようテーブルに「くまさんの並び方・基本形」の写真が常置してある。

ドミュメンタリーを見たんだが、長年王室に仕えたスタッフが「突き詰めて言うと、彼は idiot イディオット(おばかさん)なんです。」だって。

User:Richard Harvey – bewerking uit commons/User:Richard Harvey

次がそう、ハリーだよ。子供の頃からおバカで有名なハリーは、まさかそんなことはないと思うが「字が読めない」とまで噂されていた。そばかすに赤毛でヤンチャな次男坊、チャリティで子供と戯れる様子は微笑ましく、なんといっても、たった13歳で母親ダイアナ妃のお棺の後ろをトボトボと歩いたあの姿。心が痛まなかった人はおらず、ハリーがどんなアホをしても、どんなにおバカでも国民の同情と愛情を集め、エリザベス女王に次いで常に人気投票第2位の人気王子だった。

それが、ああ、メーガンに出会ってしまったのよね。それからの行動は「とんでもない」の一言に尽きる。

By Eva Rinaldi from Sydney Australia – Prince Harry, CC BY-SA 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=40135460

王室の光と影。キングチャールズ、そしてハリーの兄のウィリアムと、真面目でマトモな継承者がなんとか生まれてきてくれているその影に、出来損ないちゃんがかならず寄り添う。

一般家庭でもそれはあるあるだけれど、王室という360度シースルーの金魚鉢のなかでは、光と影の対照を、そっと家族だけの出来事として隠しておくことができない。気の毒といやあ気の毒だ。

そしてそれもね、男の子なんだよね。ハズレ王女はあまりいない。ヴィクトリア女王は血友病の遺伝子保持者だったが、これも男の子にしか発症しない(例外を除く)なんか関係あるのかなあ???

ちょこちょこと家族に迷惑をかけてしまうハズレ王子たち。王室という立場ゆえなんとか面目を保たなくてはならない周りの人たちのガッカリを常に感じ取り「ああああ……お兄さんとは違うわねえ」と思われていたとしたら、ぐれるのも仕方ないのか。

ウィリアム皇太子の3人の子どもたち、一番下のルイ君はどう見てもハズレ王子の素質がありそう。ハリーが小さかった時のようなヤンチャぶりは式典ごとに笑いを誘う。

でもね、愛情を注いでもらってのびのびと育っている様子が伺える。ハリーの時代まではハズレちゃんたちは肩身が狭かったんだろうが、そういうとこをウィリアムとキャサリンが「みんな違ってみんないい」方式で上手いことやっている感じがする。

なんとかこの代でハズレ王子の打ち止めになるといいね。今日書いていて、ハズレ現象は、遺伝子だけではなくその育てられ方にも大きな要因があったのだろうということに気づいた。

ロイヤルファミリーに直接インタビューしたわけでも、遺伝子の専門家でもないので、あまり本気にせずこれまた晩御飯の時の話題のたね程度に聞いておいてね。

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