本屋さんに行くと、最近は
Voice of Diversity ダイバーシティの声、意見
というコーナーが必ずあって、黒人、ラテン系、そしてアジア系作家の本がかなり力を入れて取り上げられている。村上春樹などの有名外国人作家は外国人作家コーナー。このダイバーシティ・コーナーは、アメリカ人のマイノリティ作家のコーナーだ。
最近本屋さんで見てびっくりした本はこの
Yellowface 黄色い顔(!)という本。
著者はR.F.Kuang、 R.F.クアンさんという若干27歳の可愛らしい中国系女性で、子供のときに中国からアメリカに移民としてやってきたと言う。その後の教育はジョージタウン大学からケンブリッジ、オックスフォードと英語圏の名門をぶった切りである。
こんな表紙とタイトルの本を白人作家が書いたら全国炎上で大変なことになるけれど、いくら著者が中国系でもこの表紙…..あまりの挑発的なデザインにおったまげた。
アメリカは人種に関することは何でもおっかなびっくり、どこでどう尾ひれがつくかわからないし、しなくていい発言や立場表明ならしない方がいいし、少しでも人種差別的な示唆がある表現やデザインは神経質なまでに避けられる傾向にある。その中で、ちょっと、あなた。黄色い顔って。
そのショック効果もあって?ニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト入りを果たした。アジア系作家と白人女性作家の盗作を巡るコミカルな内容で、うん、面白かったことは面白かったけれどあまり後味は良くなかった。なににつけ対立やいがみ合い、そういうのは気持ちの良いものではない。
この年齢の作家ならではだ。人種に関して両サイドからのSNS炎上の様子がモチーフになって物語は進むので、そのコメントから実際今の若いアジア系アメリカ人ってどうなの、というのがちょっとわかってきた気がする。
私の年代のアジア人だと実力はあっても内向的で目立たず、会社でもリーダーシップを取るよりは縁の下の力持ちという立ち位置のほうが多かったように思う。もちろん一般論だが。
コロナ以降は以前にもまして理不尽なアジア人差別が増えたけれど、デモは若い人に任せどちらかと言うと裏で地道な働きかけをしたり、あるいは自身の身を守るための行動、例えば家のアラームを付ける、ペッパースプレーを必ず持ち歩く、そしてアジア人の銃の購入と保持率が増えた、という統計も出ている。安全で住みやすい富裕層の町はどんどんアジア系の家族が引っ越してくる。
今の若い世代、ミレニアル後期やZ世代のアジア系アメリカ人は前世代とはちょっと違うみたい。アメリカ育ちの彼らは、自分の意見をはっきりいい、負けて勝つ、などという論理にはもう通用しない。バカにされたら怒り、ふざけんなと言い返す。自分たちの権利は権利だと大きな声で主張する。
ネタバレになるが、この本では、アジア人作家の作品を白人女性作家が自分のものとして発表してしまう。彼女はアジア系のコミュニティに叩かれ、追跡され、とうとう盗作を認めざるを得なくなる。対等な人種同士いがみ合いというよりは、今まで抑圧されてきた人種だからこそのより深い、静かで、でもねっとりとした怒りがどんどんとこの白人女性作家を追い詰めていく展開だ。
中国系のコミュニティには「白人至上主義」の中国版
Han’s Promise 漢族の誓い
が存在するとこの本に書いてあった。調べたけれどウェブにはこの記載はなかった。作中にも秘密組織、と書かれていたので真偽の程は確かではないが、私的にはあってもおかしくないなと思った。
少し前のアジア人作家だと、大御所エイミー・タンさんを始め中国系なら中国のこと、あるいは移民時代の話、韓国系なら同じく韓国がらみの話を期待された。アジア的な家族の繋がりや伝統と、新しい国の新しい価値観のはざまで揺れるストーリー、こういうのがほとんどだった。得体のしれない人たちの、自分たちとは違う生活様式や価値観を覗き見する感じだろうか。
そういうたぐいの話しかアジア系作家からは期待されていなかったように思う。
そして、才能ある人達がひしめくアメリカの文壇では、人種限定の「アジア人作家枠」「黒人作家枠」というものがれっきとして存在するらしく、いくらいいものを書いても相当秀でていないと出版までこぎつけるのが難しく、白人作家に比べてかなりのハンデがある、という話も耳にする。
何だか文壇のその傾向を逆手に取ったような、うまい切り口を見つけたこの本。アジア人作家が書いた本だけれど主役は白人女性だ。で、主題は人種問題。一口に人種問題と言ってもそのさまも力関係もどんどんと変化してきている様子が書かれていてとても興味深かった。
テレビや新聞のニュースをつぶさに読んでもわからないところで展開するSNS上の真実、が浮き彫りにされ、読み手が白人でもアジア人でも「えっ」と思わずにいられない叙述がいたるところに散りばめられている新種の小説だった。
もう一冊、韓国系のハーフである Gabrielle Zevin ガブリエル・ゼビンさんの書いた
Tomorrow, and Tomorrow, and Tomorrow
これもベストセラー。主人公3人が韓国系、韓国系ハーフ、そして日本人で、主人公たちのアイデンティティは物語から切り離すことはできないまでも、これも「アジア系作家によるアジア人の物語」ではなかった。ゲーム業界の話だ。
以前は厳然として存在した黒人やアジア人作家の足切りも、書店で特別にコーナーが設けられる時代になって変わってきたのだろうか。アジア人の話を書かないと出版してもらえない時代は終わり、そしてアジア人も2世、3世となり、どんどんと人種というものの受け止め方が変わってきているのだ。というかもう人種問題そのものが時代遅れとなり始めてくれているのかも知れない。
アジア人の私にはアジア人作家の本がとてもしっくり来る。同じようなストーリーであっても心へ響く強度が違う。細やかで、ちょっ心配してしまうくらいの繊細さを感じる。展開が地味で、でも心にズーンと来る。辻褄が合う。
どんどんと心に触れる本が出てきていることを嬉しく思う。アメリカに来るまで自分が「アジア人」だなんて思ったことはなかった(「日本人」だと思っていた)。でも私はめっちゃアジア人、何があってもこっち側の人間だと毎日実感する。
対立にならないまでも人種の違いはこれからも長く存在し続ける。そんな中で、文学の分野でさえこんな大きな動きがはっきりと素人にもわかるくらいの速さで起きている。どうなっていくのかな…..



コメント
文学の世界まで、、、なんですね。。。
→アジア人だと思ってなかった。日本人だと思っていた。
私もです。今でも日本人だと思ってます(笑)
人種について、日本に住んでるからあまり気にしたことなかったけど、NYでは人種差別だよな~って思うようなことを黒人からされました。。。
差別するなって言ってる人達が一番差別主義者のような気がします。
すいません。愚痴でした。。。
コメントありがとうございます。私の住んでいる辺はホントにどんどんアジア人が増えてきて、なんていうかとっても居心地がいいっていうか(笑)ニューヨークでは嫌な思いをなさって残念でしたね(´;ω;`)今度リベンジマッチにいらしてください!