ヨーロッパ風・自分の癒やし方

おもしろ英語・おもしろUSA

最近気になっている言葉、それは、

Hurkle Durkle ハークル・ダークル

「ベッドでごろごろする」という意味のTikTok発祥のトレンドワード。 もともとはスコットランドで「仕事や学校に行く時間を過ぎてもお布団から出ない」という意味だったらしいが、SNSで広まって「 暖かいお布団の中でごろごろできる贅沢時間を指す言葉」としてちょっとしたトレンドになっている。

日本だと、お母さんや仕事人たちが4時半とか5時に起きて その日の慌ただしさが始まるまでの自分時間をモーニング・ルーティーン動画として紹介してるのをよく見るけど、そのお布団版と言うことか。

コーヒーをベッドに持ち込んでひたすらぼーっとするのが王道のようだが、人によってはついスマホを見てしまって気がつくと一時間スクロールしてたなんてことにもなりそう。それだと厳密にはハークル・ダークルじゃないんだろうが、この忙しい世の中、一時間ネットサーフィンだけできるというのも人によっては最高の贅沢かもだ。

その相対する言葉には

Bed Rotting レッド・ロティング ベッドの中で腐る

と言うのがあって、活動内容としては「ゴロゴロする」のは同じなんだが解釈次第。 こちらは鬱っぽい感じで、やる気がなくてどうしてもお布団から出れない、せっかくの週末なのに何もしないで無駄に過ごしてしまった、と言う罪悪感てんこもりの言葉。気は持ちようだね、「腐ってる」んじゃなくて生産的に「癒し」に励む「ハークル・ダークル」 と改名すれば一気におしゃれなトレンド仲間入りだ。

日本は昔からお茶文化なので、ちょっと座ってお茶を飲むのは生活の一部。 忙しい人たちの中にはそんな時間はないよという人もいるかもしれないが、 街を歩けばコーヒーショップがそこここにあると言うのは、やはりひと休みが生活文化の一部であり、おふとんの中然り、毎晩の熱いお風呂然り、何もしないでボーっとすることが癒しになると、国民的に理解しているという気がする。

考えてみればアメリカにはボーっとするといった習慣はなく、毎日の食事でさえ、なんというか「食べないと死んじゃうから」的な「エサ」感を伴う。「座って食や飲み物を楽しみゆったりと時間を過ごす」というコンセプトは一般的ではなく、その間にスマホチェック、メールの返信、SNSチェックなどしていないと時間の無駄、あるいは罪悪感を伴う非生産的な活動と言う雰囲気がある。レストランで食事を楽しむのも「ネットワーキング」だったりね。

それが、ハークル・ダークルのトレンド入り。何もしない時間の大切さ、やっと広まってきたということだね。

日本でもよく知られてる北欧の考え方 Hygge ヒュッゲ、もとは「楽しむ」が語源のざっくりいうと「居心地良くゆっくりする」という言葉だ。別に何をしてもいいらしい。しばし To-Do List やることリストを頭から追い払い、その時どきをゆっくりと楽しむライフスタイルや考え方という意味なので、お茶を飲んでボーッとしてもよい、編み物をしても良い、本を読んでもハイキングをしてもいい。自分に心地よい時間を過ごして精神的な充足を追求するというとっても曖昧で素晴らしい言葉。

スウェーデン語の Fika フィカ、これは「お三時」だ。コーヒーとお菓子でゆっくりするおやつの時間。日本のイケアにもあるんだろうか、カフェテリアのレジ近くにデザートやパンが可愛く並べられであるコーナーには「FIKA」とサインが出ている(スウェーデンの人はお茶よりコーヒーが好きらしいんだがホントだろうか。そういやイケアにはティーはなかったような?)

そして Coorie コリー。これもスコットランドが発祥で「暖かい場所でくつろぐ」という意味なんだって。多分、セントラルヒーティングなどなく寒さを凌ぐ手段は暖炉しかなかった時代には、暖を取りつつみなが思い思いの時間を過ごした、そういうところが語源と察する。

はっきり言って、アメリカせわしない。みんな忙しそう。で、みんな疲れてる。Hurkle Durkle や Fikaする時間、物理的になさそうな感じだ。

Best Housekeeping ベスト・ハウスキーピングという雑誌(日本のLEEやオレンジページって感じの雑誌)で記者が「Hurkle Durkle」を試してその感想を記事にして、と上司に命じられたそう。以下が記事の一部(ChatGPTに翻訳してもらいました)。

”私は土曜日の朝を「研究」開始日として選びました。目覚まし時計を使わずに自然に起きて、少しベッドに留まってみる計画を立てました。枕をふわっとさせ、柔らかく清潔なシーツの中に包まりながら、「さて、私は一体何をすればいいのだろう?」と考え始めました。頭の中では「やるべきこと」が次々と浮かびます「hurkle-durkleにすでに失敗しているのではないか」と感じました。やることリストに追われる私には「何もしない」という行為がなかなか馴染まず、週末の貴重な時間をこんな形で使ってしまうことに罪悪感すら覚えましたしかし、そんな自分を責めるのはhurkle-durkleの趣旨ではないはずなので、状況を見直すことにしました。結局、hurkle-durkleはただベッドでだらだらするだけのことではないのか?まあ、そうとも言えますが、それだけではありません。普段ならさっさと起きてタスクをこなすところを、今回は朝の静けさを味わうことに集中しました。普段は気にもしない影の美しさや、部屋の安らぎ、犬たちが寄り添う心地よさを感じました。そして、自分の人生にある良いことを振り返る時間を取れたことに感謝しました。私はこの日、約30分間hurkle-durkleをしました。「リラックスする」という行為を「強制」する必要がありました。しかし、hurkle-durkleはマインドフルネスや「今を生きる」ための練習だと気付きました。”

アメリカでどこまで定着してくれるかな!?

 

 

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