師走(シワス)のオアシス 本編

ニューヨーク・旅行・暮らし

前回の投稿では、驚愕の記憶違い、世界的に有名な音楽家エマニュエル・アックスとイツァーク・パールマンを取り違えちゃった!というお話をした。

忙しいホリデーに束の間のオアシスだった素敵なコンサートなのに、記憶違いがぎょっとするやらおかしいやらでちょっとズッコケた。

コンサートはリンカーンセンターではなく

92nd Y (ナインティセカンド・ワイ)

と呼ばれるジューイッシュセンターの中のコンサートホールで行われ、リラックスした感じのホリデーコンサート。アックスさんも他の男性演奏家も普通のスーツ。女性もイブニングドレスではなくカジュアルな服装だった。

観客も、近所のアッパーマンハッタンからおひるごはんのあと歩いてきましたよ、という感じの熟年ユダヤ人夫婦が多い。その名の通り、このセンターは92nd(92丁目)にある。このあたりは裕福なユダヤ人家族がとても多い地区なのだ。

ドボルザークの前に素敵なハープの小曲が何曲か。ハープの重いのを少し傾けて肩にのせ、優雅に弾く演奏家の履いている黒い靴があら。私のと同じDansko ダンスコの靴じゃないの。意外と庶民的な靴履くんだわね、なんてことに目が行っちゃう(笑)結構いい席、舞台から近かったのだ。

その後はフルートのソロの人。この人の靴は私のとは違った。

そしてカルテット

さて、大トリの弦楽カルテットが出場。バイオリンは、若いときのヨーヨー・マに少し似た40歳くらいのアジア系の男性。もう一人のバイオリンは、多分20代と思われるぽっちゃりと可愛らしい、これまたアジア系の女の子。この年でニューヨーク・フィルのカルテットのメンバーだなんて、すごいな。子供の時から血のにじむような練習を重ねてきたに違いない。

写真提供 © Joseph Sinott

チェロは落ち着いた初老の白人男性。そしてビオラは、さっきフルートの人とニコニコ視線を合わせながら一緒に演奏していた金髪の60歳くらいの人、お母さん風の優しそうな人。

4人でお辞儀して、ピアノのアックスさんも加わって観客に笑顔を向けると演奏が始まった。

圧巻だった。激しい曲じゃないのに、ピッタリと息のあった演奏家の気とテクニックがあんなふうに重なると、一人の演奏が100倍くらい大きくなって、それがまた5人分で私達のもとに届く。

タイミング合わせのためにカルテットの4人は常に視線を交わすが、その度にお互いにっこりと口元に笑みが浮かぶ。このメンバーで弾くのが楽しくてたまらない様子が伝わってくる。

こんなふうな演奏を聞くときには、私はリハーサルの場面が目に浮かぶ。本番のときとは違うポロシャツにジーンズ、メイクなしの素顔。時には冗談を飛ばしながら、休憩にはドーナツをつまんだりして、じゃあひとつ前の小節から流してみない?と楽しそうにリハーサルする様子。

お互いに好きなもの同士で楽しいことを一緒にしている喜びとウキウキが伝わってくる。

立ち位置

そしてアックスさんのピアノ。美しい演奏が聞こえる、でもカルテットの音に完全に混じり合っていて、耳を澄まして意識的にピアノの音を追わなければ、一体化したアックスさんの演奏を聞き分けられない。

このコンサートは弦楽カルテットプラス、アックスさん。弦楽カルテットの伴奏ピアノと言う立ち位置なんだけれども、こんなに大物でも「伴奏」と呼ぶのだろうか?ソロで弾いているのとは立ち位置が違う。

演奏はまさしくカルテットの影に意識的に隠れ、あくまでも弦楽器の音を際立たせるために弾いているとしか思えないピアノ、と私は思った。

最後は音楽に合わせてつい頭を上下に振ってしまうほど迫力と勢いのある演奏に引きずり込まれた。

特に仲のいいらしいバイオリン二人がタイミング合わせのたびにまるで親子か兄妹のように微笑み合うのも本当に可愛らしく、赤いドレスの最年少の彼女、ここまで来るまでの練習はさぞ大変だったろうな…..と思わせる悲壮さの微塵もない。年上のメンバーたちに可愛がられ、のびのびと楽しく弾いているようにしか見えないことがとても嬉しかった(このあたりお母さん体質がどうしても出てしまうw)

化学反応

最後はスタンディングオベーションだったから、私以外の人もみんな引きずり込まれていたみたい。

こういう素晴らしさって、どうやって決まるんだろう?同じ演奏家が同じ曲を演奏しても、観客がしらけたままのコンサートだってあるし。演奏家が調子が悪いときも、観客の受け止め方に思いやりがないときもあるだろう。期待を膨らませてやってきた観客の思いが伝わって演奏家の演奏に影響することもあればその逆も。

見えない「気」と「迫力」これが大きく左右するんだろう。化学反応だ。ピッタリとすべての配合がうまく行き、弾く方も聞く方も興奮に導かれる時。そうそうないのかもしれない。聞き手の自分が引きずり込まれても周りの人がそうでない時もあるはず。

若いときには全く分からなかった。目に見えないものの凄さとその受け止め方。すべての

ingredients  イングレディエンツ 構成要素、材料

が揃って完成度を増し、大波に乗れる、そんな瞬間は頻繁に出会えるものではないのだ。

弦楽器も、オーケストラを従えてソロを弾く演奏家と、カルテット向き、オーケストラ向きの演奏家では持っている資質が違う、と聞いたことがある。その切替ができる人だってたくさんいるのだろうけれど、持って生まれたテクニックの質、資質、性質、そして1人で強く個性を出していきたいのか、それともみんなと弾きたいのか、育った文化、親の影響、子供のときの体験も全てひっくるめてその人の演奏となって体現される音楽。

その人選、組み合わせ、各人の体調、お互いへの気持ち、観客の反応、ホールの様子、その日のお天気、選曲.....そのイングレディエンツは計り知れない。

雨のニューヨーク

あー良いコンサートだった、と束の間のオアシスを満喫して外に出ると、降り始めた雨に、ニューヨークキャブを拾う人、ウーバータクシーを待つ人で 92nd Yの前はごった返す。イスラエル状況下、ユダヤ人施設の警備は最厳重で、制服を着たセキュリティが怖い顔をして各所に立ち目を光らせている。

傘がぶつかり合う。列で私達の一つ前のウーバーに乗り込む男性はシルバーのバイオリンケースを肩からかけている。そっと傘に隠れてその人の顔を盗み見ると、ほんの10分前まで私を興奮の波にのせてくれたバイオリニスト、ヨーヨーマに似たあのアジア系男性だった。

薄暗い雨模様だが、まだ4時。これから家に帰って奥さんにホリデーの買い物を頼まれたりするのだろうか。それともキッチンのテーブルに座り子供の宿題を手伝う?

リンカーンセンター至近にすむパールマンかアックスではないけれど、夢を作り出した後ウーバーで家路につくバイオリニスト、ニューヨークならでは。

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