今週土曜日がいよいよセンター試験。知り合いの息子さんたちもその日に向けて追い込み中、私たち外野は『風邪引かないように、なんとか体調を万端に』と励ますことしか出来ないが、彼らの検討を心からお祈りしたいと思う。
私の時代は『共通一次』と言ったのだが、受けた日の緊張感とヤマが当たった喜びのほかは、なんの教科だったか、何点だったかなどの記憶はとんとない。
アメリカの共通テスト
アメリカでセンター試験に相当するものは、SAT (エスエーティ)と ACT (エーシーティ)の2つの共通テストがある。
両方受けてもいいし、どちらか一つだけ受けてもいい。私立も州立もアイビー・リーグもいまいち大学も、ほとんどすべての大学がどちらのテスト結果も正式なスコアとして受け入れてくれる。歴史が古い SAT のほうがやはり一般的で、一つしか受けないなら SATという高校生が多い。噂では、理系は ACT を受けたほうがスコアが良くなると聞いているが、さあどうだろう?
共通テストは複数回受けられる
日本のセンター試験よりもフェアだと思うのは、両試験とも何回でも受けることができ、その中の最高得点だけを受験先に転送してもらえること。ACT は SAT よりも回数も試験会場も少ないが、どちらも通年いろんな試験会場で(通常は地域の高校で週末に行われる)受けることができるので、だいたいみんな3回位は受けるだろうか。1発屋ももちろんいる。受けたその日が風邪気味で惨敗なら次にかけることができる。その度に1万円以上の受験料はかかるよ。
アメリカの高校は4年まであるが、大学受験準備のピークは3年生だ。早ければ2年生の冬くらいから SAT や ACT を受け始め、2年生から3年生に進級する夏休み(アメリカの学校は9月が新学期)には、大学見学に出かけ始める子も多い。
共通試験の準備は
3年生になる前に共通テストを受けるとは学校でまだ習ってない内容も在るのでは、と思う向きもあるだろうが、高校3、4年生になると大学のように自分の好きな分野のアドバンスのクラスを受け始める仕組みなので(微積分II、とかね)、2年生くらいまでにカバーされた必須の内容しか出題されないらしい共通テストを受けてもあまり問題はないらしい。カバーされる範囲が膨大なため、準備としては問題集でテストの流れを把握して、形式に慣れるくらいしか出来ないようだ。
準備の塾やセミナーももちろん在るが、テスト内容というよりはテストの受け方に重点が置かれている、と子どもを行かせたお母さんたちからは聞いている。
例えば、各セクションで問題番号が上がっていくに連れ難易度が上がるので、5番以降でわからない問題があったらもう諦めて次のセクションに移れ、とかそういう感じの。私は自分ちの子供が受けたという程度の知識しかないが、もしかしたら内容も網羅して猛勉強している子どもたちもいるのかもしれない。
ちなみに長男は SAT のみ、高校3年生の3月、受験の資料をもう集め始めないといけない頃まで受けず、その後は受けたくないというのをなんとか説得して(脅して?)受けてもらったら数学の点が100点くらい上がった(その頃は各教科の最高点が900点)。2回で打ち止め。2回目の数学は問題の相性が良かったようだ。ほれ見たことかい。
緊張度とストレスは各国共通か
いい大学に行きたい行かせたい、という家庭の中には何回も何回も受けなおす子もいて、それはそれで大変だと思う。2回、というのはいい数字だと思うので、日本のセンター試験も1回コッキリから、あと一回くらいは受けられるよう変更を検討してみてはと思うんだが。じゃないとあのテストへの緊張感と当日に病気になれないという二重のストレスで受験生は可愛そうだ。
共通テストは実はオプショナル
さて、アメリカでは最近は「願書にテスト結果の添付はしてもしなくてもいい」という大学が多くなってきている。一昔前には、テスト結果は必ず添付すること、しかも当大学では SAT の方しか受け付けません」などという厳しいところも珍しくなかった。
我が家の長男と末っ子はたった7年あいだが開いただけなのにかなり共通テストに対する大学側、受験生側両方の認識が変わったのを感じた。テストのスコアは、本人の実際の能力や理解力というよりも
Test Taking Skill テストテイキングスキル テストで得点を稼ぐ能力
をより強く反映するものだ、という意見が以前から教育専門家や学者層から出ており、その能力が高いとされるアジア系や一般的に女子のほうが有利なのでは、という危惧の声もあった。
テストを受ける受けない、結果を添付するしないは全く本人の希望と事情に寄る。学校の成績がいまいちなら共通テストの点が救いになることもあるし、テストが苦手と言うなら願書の他の部分に全力投球だ。添付したほうが有利なのか関係ないのか、その辺は大学の選考プロセスの分厚い幕の裏側、受験生の方からは予測のつけようがない。
アメリカ大学受験の願書の中身
テストの点なしで一体どうやって合格者を決めるのかというと、アメリカの大学受験願書には実にたくさんの自己開示とアピールのための書類が含まれるので、テストのスコアなんかなくても確かに判断材料には事欠かない。
高校3年生になって2ヶ月くらいたった秋、10月ころから高校常駐の
Guidance Counselor ガイダンスカウンセラー 進路カウンセラー
さんと個別に面談が始まり、志望校をそろそろ決めるためにその時点の成績に一緒に目を通し、大きな表とカレンダーを渡される(と言ってもデジタルだけど)。その中に必要な書類とその準備の仕方と期限が書かれていて、それに従って親子して準備をしないといけない。
高校の先生からの推薦状は通常2通必要で、先生たちにはお願いが殺到するのでどうしても書いてほしい先生には必ず3月までに打診しましょう、とか。それを渡されたときは横に座る超・ADHDの長男ののんきそうな顔を見て『…..』絶句した。
数少ない例外を除いては、アメリカの大学は殆どが
Common Apps コモン・アプス
というオンラインの共通願書を採用している。Apps は Applications(願書)の略。
それは一度記入してしまえば(と簡単に言うがこれがまた大変な情報量)どの大学へでも転送できる。
課外活動、ボランティア、勤務経験(バイトとかインターン)リーダーシップを取った体験などを記入することがとても大切で、家でゲームばっかりしていた息子なんてさ、どうやってアピールするの!と頭を抱える親ごさん多数(うちも)。
このコモンアプの中にも『エッセイ(小論文)』のセクションがあり、そこでアプの中に書いた自分のスバラシイ点について展開させてアピールできるかも大事。
その他に、受ける大学独自の必要書類とエッセイ。『自分はこんなにイケてんねん!』とアピールの機会を与えてもらえるこのエッセイが実は願書の中で一番のミソと言われていて、エッセイ専門のカテキョーを雇って丹念に添削してもらう人が多い。何を隠そう我が家もこれはさすがに外の方にお願いした。
コモンアプの記入だけでほとんど流血の親子関係、エッセイまで関わっていたら間違いなくけが人または死人😱が出ていたと確信している。一流を狙っていたわけでもなんでもない普通の我が家でさえけっこうテンション高くなったのだから、けっこう精神的にげげっと来るシステムと思う。
ダラダラ書いてきたけど、少しアメリカの受験システム、わかってもらえただろうか???もし詳しく知りたい人がいらしたらコメントで知らせてくださいね。
最後に
大事なことなんだが、わたしたちの自治体は高校の大学進学率が90%以上と高く、マンハッタンのベッドタウンであることから教育熱心な家庭が多い。高校でも手厚く受験指導をしてもらえたが、進学者が少なかったり低所得者層の多い町などではその限りではないと思う。やはりこのあたりからも地域格差、学歴格差に大きく影響が出ていると思う。そして100ドル以上する共通テストを複数回受けられる金銭的な余裕があるかないかでも違ってくる。
日本の大学受験のほうがそのあたりはフェアな気がするし、短期決戦で勝負というのはその利点もたくさんありそうだ。
スーパーヒューマンじゃないと大学に行けない?
アメリカの高校生は、それがまあでっち上げであったとしても受験の時点で自身の将来の展望はバッチリ決まっており、バイトで人生経験は積んだ、学校のテニス部ではキャプテンを務めた、夏はボランティア活動でウクライナ支援金の寄付を募った、と傍目から見て完璧な人間、スーパーヒューマンでなければいいところには進学できないような感じさえする。
よく聞く受験にまつわるジョーク『昔はガンを治す医師になるために大学に行ったが、今はガンを治したという実績がなければ医学部に入れない』、もあながち冗談ではないのが実情。



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