ジムのヨガのクラス、壁際の目立たないところにマットを敷いた小柄な女性が、先生が進めるポーズの流れとはまったく違う動きをしている。
からだがやわらかくて、そこまで背中が曲がる?と驚く。自分のポーズはそっちのけで目が離せない。いきなりのヘッド・スタンド。壁の助けなんかない。私の目の端に、するーーっとまっすぐ立ち上がる姿が見えたと思ったらなんと頭が下で足の指が天井であった。
見とれちゃった。髪の長ーいきれいな人。
クラスが終わってマットをマキマキしていたら、先生と話す彼女の声が聞こえてきた。あれ?この声、知ってる。コロナ前にはよく言っていた木曜日のクラスの先生、ニコルちゃんだ!
ヨガの先生たちは他の先生のクラスに来て練習してることがよくある。今日はそれだったみたい。
ニコルちゃん
3年ぶりに会ったのに私のことを覚えてて、名前を読んで駆け寄ってきてくれた (´;ω;`) 先生になったばかりの頃のクラスの常連だったから印象的だったのだと思う。よく覚えていてくれて嬉しかった。

初めて彼女のクラスに行った時、その美しさにくらくらした。顔は私の3分の2もないくらいちっこい。小柄だけど真っ黒なウェーブのかかった髪を腰くらいまで伸ばしていて、つま先でちょんちょんと飛ぶように可愛らしい特徴のある歩き方をする。それがまた妖精っぽい。
小さな顔の中に、神様がえこひいきしたとしか思えないくらい整ったパーツ。歯まで白くて可愛い。
美しいだけでなく、優しくて、話すときにはじっと相手の目を覗き込むようにして
Active Listening アクティブ・リスニング 傾聴
してくれる。
自分のクラスに来てくれるのが嬉しくてたまらないというふうに生徒のみんなと楽しそうに話し、そのときはまだコロナ前だったのでクラスの終わりにハグしてくれて。
ヨガの本格的な修行にインドに行って、朝の3時から山の上で瞑想をした、とかコロンビアの山奥にいってなんとか、とか、チベットのヒーリング・ボウルやクリスタルの勉強もして、と、とってもスピリチュアルで心がきれいな先生。

30歳くらいだろうか。忘れてしまったけどDの着く名前の名門大学を卒業したあと、マンハッタンはウォール街のシティ・バンクに就職した。
就職して2年経った夏、会社の社員旅行でペルーに行った。息が薄く感じるくらい標高が高い美しい場所でなにか宇宙からのメッセージ?があったらしく、なんとそのまま会社には戻らずその後2年間ペルーにとどまったという嘘のようなホントの話。
それからはスピリチュアル一筋のニコルちゃん。
宇宙に聞いてみよう
お互いの近況報告をしていたら、2回目のコロナにかかってしまって先月は半月以上クラスを休んだのよ、と言う。今度は前回より症状があって今もブレイン・フォグが消えないの、と言う。
よく来てくれてた木曜のクラス、あれは9時15分始まりじゃない?どうしてかわからないけど9時45分だと思っちゃって、そろそろ準備して家を出ようかなーと思ってたらジムのマネージャーが「クラス、もう始まるよ!?」って電話かけてきたの!
そんな話をしながらもまあこの笑顔のピカピカで可愛いこと♥見惚れて話を聞いていた。そしたらニコルちゃん、
”I asked the universe what to do with this brain fog.” このブレインフォグ、どうしたらいいか宇宙に聞いてみたのよ。

「宇宙に聞いてみる」。あまりにヨガっぽいスピリチュアル表現がするりんこと自然に口から出たので、オヨ?と思ったがもちろん顔には出さないよ。
スピ系に馴染みのない方はいきなり「宇宙に聞いてみる」と言われてもびっくりしてしまうだろう。
私も歳を重ね、そしてヨガを始めてからは特にこういうことを聞いても「なに言うとんや?」とは思わなくなったが、ま、かなりあっち方面に行っちゃってる感じは否定しません。
宇宙と神様と瞑想と
ヨガやスピ系で「宇宙」と呼ぶのは宗教だと「神様」のような位置づけ。
神様が空に住んでいる実在の人なのか、それとも自分の中に住んでいるのか、と言う討論はもう6000年も繰り返されて誰にも返事はわかってないわけだけれど、宇宙も神様も私は要するに「超・自己」的なもの?と捉えている。
空にいるかも知れないし自分の中にいるかも知れないけど、とにかく自分の意識を超えて何かを語りかけてきてくれるもの、そういう解釈。それをハイヤー・セルフ、自分の高次的存在という人もいる。
瞑想の効用が語られるようになって久しいが、結局のところ瞑想というのは、自分の周りをぐんぐんと流れる人生と日常生活を一旦止めて、自分の心に耳を傾ける機会を設ける、ということではないか。

瞑想でどうしても虚無に入れない、他のことを考えてしまう、と苦手に思う人が多いけれど、別に入らなくてもいいんじゃ?
座って何もしない、呼吸に集中して止めよう止めようと思っても、次々に浮かんでくる思考の中に、普段は注意を払うことのない自分の無意識の声が混ざっているに違いないと思うのだ。
子供の時にみたアメリカ映画には、子供が寝る前に可愛らしいパジャマ姿でベッドにひざまづきお祈りをするシーンというのがよくあった。実際に見えない神様と話をするというのがとても
Foreign 馴染みのない
で、いかにも外国という感じの習慣だなーとクリスチャンではない私は感じていた。
寝る前の数分神様と対話をする。他の誰に訊かれるでもない静かな時間に本当の気持ちを神様に打ち明ける。そのプロセスは、瞑想と全く同じだ。
心の声・無意識の声
人間の意識は3%にずぎす、あとの97%は無意識という説は囁かれてもう長いが、若いときには我が強すぎて全く自分の中の聞こえない部分に耳を傾ける余裕なんかなかった。心に聞くよりも理詰めで考えようとしていた。
年を積むと、説明の付かない出来事ってけっこう起きるんだね、という統計的なデータが自分の人生に増えてきて、何かしら自分の意識を超えたものって存在してるに違いない、と思わざるを得なくなった。
小さなことだと、ある人のことを考えていたらばったり買い物先で会った、とか虫の知らせがガチであたって事故にあわずにすんだ、とか。探していた本をいきなり友だちがくれたとかとてもランダムだけど何かしら不思議な力やシンクロニシティを感じてしまう出来事たち。

トイレに入った途端待っていた電話がかかってきた、っていう逆の場合もあるな(笑)
大きな頼み事や悩みごとがあるときは宇宙、神様、ハイヤーセルフ、何でも良いから答えをちょうだい、助けてちょうだい、と神妙に語りかけることもあるけれど、日々平穏なときは全く忘れてしまう。
忘れてるくせに困ったときだけ頼るという凡人が大半だと思うけれど、ヨガの先生になろう、スピリチュアルな鍛錬をつもう、と思うニコルちゃんのような人達はきっと、宇宙や神様やハイヤーセルフとの間にしっかりと太いパイプが繋がっていて、いつでも交信ができるようになっているのかもしれない。
だから普通の会話にもスルッと「宇宙に聞いてみたの」なんてフレーズが出てくるんだな。
そしてにんにく
で、肝心のニコルちゃんの宇宙はなんと言ったのか知りたくて仕方がない。答えはなんと「生ガーリック断食」…..。

いや、突然宇宙から「ガーリック、ガーリック」と声が聞こえてきたわけではなくて、ヨガ仲間に教えてもらったわけなんだけれどもその情報が手に入ったということがおぼしめし、宇宙からの答えっていうか。
生、ガーリック、断食???どうやるの?と聞いたらニコニコして、うふふ、ガーリックを生のまま食べるのよ、それだけを3日間!という…
どうやって飲み込むの?
飲み込むのよー、お水ゴクゴク飲んで!といってきれいなあごをくくっと上げて喉を見せ、ごっくんの仕草を見せてくれた。
美しいニコルちゃんは自分の世界と自分の宇宙に生きている。そこに疑いの入る隙はない。幸せそう。にんにく断食でもなんでもいいから今のままのピュアな人でいてほしい。
その後ニコルちゃんには会ってないので、にんにくのおかげでブレインフォグが消えたかどうかの確認はまだだ。機会があったらご報告します…..



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