金曜の夜に始まったおばちゃんのスピリチュアルウィークエンド。ヨガを始めてからスピ系イベントに呼んでもらうことが増えたんだが、今回は「究極の癒しの音」と言われるチベットのシンギングボウルの演奏会が皮切りだった。
コロラドの山奥でシンギングボウルを学んできたというご夫婦が、90分にわたっていろいろなヘルツ数のシンギングボウルを演奏してくれる。演奏と言うのが正しい表現かわからないけど。
チベットの山奥で僧侶が作っているというシンギングボウルはサイズ厚みもそれぞれ違うものが20以上は揃っていたと思う。もっとかな、かなりの数が揃えてあった。

全て手作り、しかも月夜の晩にお清めをしたりとそのボウル自体もすごいエネルギーを持っているらしい。ピカピカだ。でもその辺のスーパーで売ってる鍋敷き(うちにもある)の上にちんまり一つずつ載せてあったのは笑った。絹座布団とかが似合いそうだけどね笑。
奥さんのほうはこの夏、イタリアまで「銅鑼 ドラ」を購入に行ってきたんだって。イタリアンアルプスの麓の洞窟でワークショップがあり、そこで世界中から集まったドラ奏者?たちとともに学んできた。
銅鑼は英語で Gongゴングという。ゴングと聞いたときに目に浮かんだのはこれ。


メトロポリタン美術館の「銅鑼を持つ鬼」。子供の時にめちゃくちゃ怖かった「悪い子を油地獄でぐつぐつ煮る鬼」のイメージにあまりにばっちりすぎて、見たときにぎょっとしたこの展示物。銅鑼と言えば鬼。だから一体シンギングボウルと銅鑼の組み合わせって?と思い行く前からとっても楽しみだった。
残念ながら今回のイベントの撮影は不可。でもYouTubeでちょっと似た感じの画像を見つけた。こちら→
この画像の中の銅鑼は今回のイベントで使用されたものと同じ。ググってみたら世界の銅鑼界の中でとってもメジャーな Grota Sonoraと言うブランド?のもののよう。蛇の道は蛇だねえ。おばちゃんの脳みその中に新しい引き出しが1つ増えた。「銅鑼」とラベルを貼る。興味のある方はこちらがウェブサイトです。

この画像ではあまり素敵に聞こえない気がするが、頭のすぐそばでこの音を聞くと全身に来る。ビリビリくる。最後にちょっと触らせてもらいびっくり。ばちでそっと触れるだけでこんな大きな音が出る。ばちにも白い綿を固く丸めたもの、ウールのもの、柔らかいゴム製といろいろありそのそれぞれが違う感触の音を出す。軽く叩くときと滑らせるように触れるときとでは音が全く違う。
小さな部屋中の空気がビリビリとさざなみ立っているのがはっきりわかる。すごいもんだ。人間の手には油分があるので直接触るのはご法度、というのがまた、なんというか「特別感」を醸し出すじゃないか。
銅鑼の迫力もさることながら、シンギングボウルも薄く小さなものは軽く高い音を立て、分厚い大きなものはほとんどドラと同じような深い音を出す。叩くのではなくボウルの縁をばちでぐるりとと撫でるように滑らせて出る音は、聞いているほうも右から左へと動くばちと同じ方向に、頭蓋骨の内側を音がぐるぐると回る。
部屋に入る前には、床に置かれた、たらいほどもあるサイズのシンギングボウルの中に立たされ、大きなばちで叩いてくれる。足の裏から頭のてっぺんまで音と振動がぐわあああんと一直線に上がっていく。奥さんは隣で水の入った小さめのシンギングボールを抱え、軽く叩いてみせる。中の水は細く細く震えて中心に集まっていき、寄ってきたさざなみが全部ぶつかったボウルの真ん中でパチパチと弾ける。

人間の体は70%が水分。体の中の水もこんなふうになっているんだよ、とデモンストレーションをしてもらってから聞くシンギングボウルは、目の裏に、水が弾けるイメージが音に合わせて何度も浮かび、体がそれに反応しているのがわかるというなんとも不思議な感じだった。
そしてそのお宅、なんとセキセイインコが9羽。きっとシンギングボウルに反応しているのだろう、一斉にちゅんちゅんとさえずっている。たまらんよ。
そのセキセイインコ最初は2羽だったのがどんどん卵を産んで増えちゃったんだって。やはりこんな環境だとインコも嬉しいのか。巣箱の中の4羽は2週間前に生まれたばかり、里親募集中で思わずもらいそうになったが、ヤンキー長女(犬)が食べてしまうこと確実なので泣く泣く遠慮した。
実を言うと先週多分ホットヨガで左肩を捻り、肩甲骨のあたりが結構痛い。サウンド「ヒーリング」と言う位なのでシンギングボウルの後、痛みがすっきりなくなっていることを密かに期待していたんだが、それはなかった。

その夜は午前1時ぐらいまで目が冴えて眠れなかったが、一旦眠りに落ちた後は朝までぐっすり。そして目が覚めた私は、と言うとなんだかエネルギーに満ちている感じ!よく寝たからかもしれんが、ここ最近にはあまりなかった「何でもできるような気がする!」という
Euphoric ユーフォリック 高揚した
気分をその日1日楽しめた。
だけど肩はまだ痛かったので、鍼の先生に診てもらいに行ってきた。これがまたいつもにも増してとてもスピリチュアルな2時間でした、と言う話はまた次に。



コメント